脊髄空洞症
2025/10/17
定義
脊髄空洞症とは、脊髄の内部(あるいは脊髄と関わる部位)に、髄液(脳脊髄液、CSF)に似た液体がたまって「空洞(syrinx, 脊髄空洞)」を形成し、その空洞が脊髄組織を圧迫・変性させて神経障害をもたらす疾患を指します。
空洞は、脊髄の中心近傍を縦に走る中心管 (central canal) が拡張したような形をとることもあれば、中心管とは必ずしも連続せず、脊髄実質内に裂け目が入り込むように発生するタイプもあります。
このため、伝統的には「中心管拡張型(hydromyelia)」と「syringomyelia 型(中心管非連続型空洞)」を区別する考え方もありますが、臨床的には両者を明確に区別することは困難とされ、まとめて「脊髄空洞症」と呼ばれることが多いです。
空洞が上方に進展し、脊髄から延髄(脳幹部)にまで及ぶタイプ(延髄空洞症、syringobulbia)もあります。
疫学・発症年齢・頻度
日本における調査では、歩行可能な脊髄空洞症患者の有病率は約 1.94/10万人 と報告されています。
脊髄空洞症は比較的稀な疾患とされ、全国的な患者数は数千人規模と推定されてきました。
発症年齢は一般には10代後半から30代にかけてが多いとされますが、あらゆる年齢層で発症しうることも報告されています。
性別差は特に明確ではなく、男女で大きな偏りはないとされています。
無症候の空洞所見を持つ例(臨床症状を伴わないもの)は比較的割合があり、調査によれば日本では約 22.7 % の例に無症候例が含まれるという報告もあります。
病因・発生機序(病態)
脊髄空洞症がどのように発生するか、その詳細な機序は未解明な点も多いですが、現在までの知見からいくつか有力な仮説や関連因子があります。
・癒着性くも膜炎
脊髄周囲のくも膜(脊髄を取り巻く膜構造)が炎症や手術・出血などにより癒着することにより、髄液循環が障害され、空洞形成を誘発することがあります。
癒着性くも膜炎が原因の空洞症に対する手術治療法が議論されている論文もあります。
・脊髄腫瘍
腫瘍が脊髄内または周囲に発生し、それに伴う圧迫・水流変化をきっかけに空洞が形成されることがあります。
・外傷後(外傷性脊髄空洞症)
脊髄損傷後、時間を経て空洞をきたす例があります。これは“post‐traumatic syringomyelia”と呼ばれ、空洞症原因の一部を占めます。
・その他
- 先天性奇形(脊椎分離症・脊髄癒合異常:脊髄開裂症など)
- 頭蓋頚椎移行部の骨奇形
- くも膜下出血、脊髄出血後の癒着
- 脊髄の伸長・牽引(例えば係留脊髄:tethered cord)
などが報告されています。
発生機序・仮説
どのようにして空洞が形成され、拡大するかを説明する理論は複数あります。ただし、どれが主流という確定はされていません。以下は主な説・モデルです:
圧較差説(hydrodynamic / pressure differential theory)
特にキアリ奇形例でよく論じられる説で、頭蓋内と脊髄くも膜下腔との間に圧力差が生じ、髄液が第4脳室や中心管開口部から脊髄内へ流入し、空洞を形成・拡大させるというモデルです。
咳や排せつ、いきみ(バルサルバ様操作)時に瞬間的な圧変動が髄液の推動力となるという指摘もあります。
髄液侵入説(transmedullary / “pulsation” model)
髄液が脊髄実質を通じて浸潤し、実質内を裂くように空洞を進展させるという説。脊髄内微細構造に沿って髄液が侵入するモデルです。
血管周囲腔・軸索破壊説
脊髄実質の血管周囲腔拡張や、軸索損傷・壊死部を介して液体が流入し、空洞化が進むという説。
後根からの浸入説
後根(感覚神経根)を通じて髄液が脊髄実質内に侵入するという説。
これらのモデルは完全に相反するものというより、状況に応じて複合的に関わる可能性が高いと考えられています。
また、空洞自体が進展する過程では、脊髄組織(神経線維、ニューロン、グリア組織など)が圧迫・変性・脱落を受け、神経路の通過性が阻害され、さらなる変化を促す悪循環に陥る可能性があります。
臨床像・症状
脊髄空洞症の症状は極めて多様で、空洞の位置、長さ・拡張度、進行速度、関与脊髄レベル(頸髄〜胸髄〜延髄)などによって大きく変化します。以下では、典型的な特徴および変異例について解説します。
初期・特徴的な症状
感覚障害(解離性感覚障害)
脊髄空洞症を特徴づける所見の一つに、解離性感覚障害があります。これは温痛覚(温度・痛みの感覚)が障害される一方で、触覚・振動覚・位置覚などの**深部感覚(固有覚)**が比較的保たれるという特徴です。
このため、患者は「触られている感じ」はわかるが、「熱い/冷たい」あるいは「痛み」を感じにくいと訴えることがあります。たとえば、腕や手が冷たく感じない・熱さを感じにくいなどの異常を訴えることがあります。
また、この感覚障害は典型的には左右差をもって出現することが多いです。
特に頸髄近傍の空洞では、“宙吊り型温痛覚障害”(“cape-like distribution”(肩~腕を覆うマント様領域に温痛覚障害が現れる))という表現も使われます。
痛み・しびれ・異常感覚
初期には、しびれ、チクチク感、灼熱感、鈍痛、異常感覚(錯覚、感覚の違和感など)を手・腕などに自覚することがあります。
また、首や肩、背中上部の痛み・こり感が先行することもあります。
咳・いきみ・くしゃみなどで痛みや異常感覚が誘発されることも報告されます。
空洞が拡大して運動神経路(前角細胞、前根、錐体路など)を侵すと、筋力低下や筋萎縮、筋の萎縮性変化が出現します。特に、手指の筋肉(手掌部、小指側筋群など)の萎縮が比較的早期に現れることがあります。
進行に伴い、四肢への麻痺(運動麻痺)・痙性(筋のこわばり・過剰反射)をきたすこともあります。
自律神経・感覚以外の症状
排尿・排便障害:空洞が下位脊髄近傍に伸展する、あるいは影響を及ぼす場合、膀胱・直腸機能障害(頻尿、尿閉、便秘、失禁など)をきたすことがあります。
側弯症:特に小児例・若年発症例では、脊柱の側弯(いわゆる”そり”)を合併することがあります。約 30〜50 % の例で側弯を伴うという報告もあります。
嚥下・発語障害:空洞が延髄部に波及するタイプ(延髄空洞症)では、嚥下困難、発語障害、声がれ、顔面の感覚異常、舌萎縮・運動障害などが現れることがあります。
めまい・眼球運動障害:特に延髄・脳幹部空洞を伴う場合、めまいや眼振、眼球運動異常を来すことがあります。
進行速度・パターン
多くの場合、症状は 徐々に進行 する傾向があります。
一部では進行が不連続・段階的であったり、悪化と安定を繰り返す例もあります。
まれではありますが、急速に進行するタイプもあり、緊急対応を要することがあります(例:急性運動麻痺、呼吸障害など)
診断・検査
脊髄空洞症の診断は、主として画像診断を中心に行われますが、臨床所見との組み合わせが不可欠です。
臨床・神経学的評価
症状、発症の経過、感覚・運動・反射・筋萎縮・自律神経症状などを丁寧に聴取および神経学的に評価します。
解離性感覚障害(温痛覚障害と深部感覚温存)や左右差、進行性の筋力低下などが診断の鍵となる所見です。
症状の誘因(咳・いきみで誘発される痛み、感覚変動など)も聞き取ります。
画像診断:MRI
MRI(磁気共鳴画像法)は脊髄空洞症の診断において最も重要な検査です。高コントラストで脊髄・空洞を観察でき、特定の撮像法(例えば脊髄拡散強調像、液体フロー評価など)によって髄液流動を可視化できることもあります。
通常、脊髄を前後・左右方向に広く撮像し、少なくとも頸部から胸部、必要に応じて延髄部も含めた範囲をカバーします。
造影MRI(ガドリニウム造影)を併用することにより、併存腫瘍やくも膜炎の所見、髄液流動の障害部位の同定などが可能となります。
流体流動(CSF flow)を評価する撮像法(シネMRI、位相コントラスト方式など)により、髄液の動態異常を観察する試みも行われています。これにより、空洞の拡大傾向や原因部位の推定などをサポートできます。
鑑別診断
空洞所見を呈する疾患や、脊髄・神経系の他の疾患との鑑別が重要です。主な鑑別対象には以下のようなものがあります:
脊髄腫瘍(特に脊髄内腫瘍)
多発性硬化症、脊髄炎、視神経脊髄炎などの炎症性疾患
脊髄梗塞
脊髄梗塞後変性、脊髄変性疾患
他の中枢神経系疾患(MS, ALS, 脊髄空洞化を伴うものなど)
造影MRIや神経学的所見、進行様式、他の所見(炎症マーカーなど)を総合して鑑別がなされます。
その他検査
血液生化学検査:通常、特異的異常所見は得られないことが多い。
神経伝導検査・筋電図(EMG):末梢神経・筋障害を除外したり筋萎縮性変化を評価したりする補助手段として用いられることがあります。
尿検査・排尿機能検査:自律神経性膀胱障害の評価
定期的な画像フォローアップ:空洞拡大や進行の把握
治療
脊髄空洞症に対する治療は、「原因疾患の改善」および「空洞自体を縮小または制御して神経機能の悪化を防ぐ」ことを目標とします。完全に根治する治療法は確立されていないため、個別症例ごとの判断・治療が重要です。
基本的考え方
無症状または軽症例では、経過観察を選択することもあります(手術リスクを考慮して慎重に判断)。
症状を伴う、あるいは進行傾向が明らかな例では、手術治療を考慮することが一般的です。
手術の目的は、髄液流動の改善、圧力変動の解消、空洞とくも膜下腔との交通を確保、空洞の縮小、神経へのさらなる傷害進行を阻止することなどです。
手術後も完全に空洞が消失しないことも多く、後遺症として感覚障害・疼痛などを残すことがあり、継続的なフォローアップや補助療法が必要です。
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